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訪日外国人観光客(インバウンド)がコロナ前の水準に回復し、山梨県では富士山の絶景スポットに殺到している。桜と富士山、五重塔が同時に望める富士吉田市の「新倉山浅間公園桜まつり」の来場者は前年比5割増の27万人で、大半が外国人だ。インバウンド対応で出遅れ感のある自治体も展望施設の増強や新設で集客を図る。一方、オーバーツーリズム(観光公害)が深刻化し、富士山自体を見えなくする「目隠し幕」という苦肉の策が登場する異例の事態になるなど、富士山絶景を巡り、悲喜こもごもの状況だ。
松竹映画ロゴの景観
松竹映画のオープニング映像にも使われるほどの絶景である山梨県笛吹市の新道(しんどう)峠からの富士山。険しい山道で数年前までは登山や写真の愛好家らの知る人ぞ知る撮影スポットだった。
それを「手軽に」と、笛吹市が令和3年7月に展望施設として「FUJIYAMAツインテラス」を整備し、バスでアクセスできるようにした。年間約2万人が来場するが、インバウンド需要はまだ取り込めていない。
そこで笛吹市は旅行大手のJTBと連携し、インバウンド向けにツインテラスのPRを強化すると同時にカフェや物販店を備えたゲートウエイ拠点を新設した。河口湖からアクセスするツアーも始めた。山下政樹市長は「富士山観光の目的地となる場所」と位置づけ、「年間5万人の来場を目指す」と意気込む。
長さ60メートルのデッキ新設
富士北麓地域でも展望台の新設計画が動き出す。山中湖村は富士山と山中湖の眺望が楽しめる「山中湖パノラマ台」に展望デッキを整備する。現在は十台弱の自動車が駐車できる広場という状況だが、長さ60メートルのデッキを年内にも設置する。湖畔の施設からパノラマ台までのバス運行も検討している。
鳴沢村も「道の駅なるさわ」隣接の「活き活き広場」に富士山展望デッキを設置する。修学旅行なども多く、高さが4メートル、長さ7メートル、幅4メートル程度で一度に約30人の撮影を可能とし、富士山の絶景を生かした新スポットにする。両村ともに、富士吉田市や富士河口湖町に集中するインバウンドを、新しい展望施設で取り込む狙いだ。
車道真ん中でポーズ
好調なインバウンド需要の富士吉田市や富士河口湖町だが、行政的には観光公害対策に悩む。富士吉田市の「本町二丁目交差点」がその代表だ。富士山に向かって真っすぐに延びる通称「本町通り」と、通り沿いの商店街の看板やちょうちんなどが「昭和のような風景」と会員制交流サイト(SNS)などでバズり、多くの外国人が撮影する。交差点内で立ち止まり、信号が変わっても歩道へ戻らなかったり、車道の真ん中で富士山をバックにポーズをとることも。
同市は昨年、警備員を配置する対策をとったが、今年は来場者が大幅増だ。交差点のスクランブル化や歩車分離方式への変更といった対策も検討したが、実現できず、当面は警備員を増やしての対応に留まる。渋滞や交通事故の懸念は残ったままだ。
異例の対策で踏み込んだのが富士河口湖町だ。コンビニの屋根の上に富士山が見える「富士山ローソン」と呼ばれる外国人観光客に人気のスポットで、富士山を見えなくする黒い目隠し幕を張る。コンビニの反対側の歯科医院前の歩道がベストアングルとされ、そこでの私有地入り込みや、交通量の多い片側1車線の道路の横断歩道ではない場所で行き来するなどのマナー違反が問題となった。
町は警備員の配置や英語の注意書き設置などの対策をとったが、改善されないまま。町の都市整備課でも対策を検討したが、妙案は出ず、「最終手段」(担当者)が目隠し幕。4月30日に高さ約2・5メートル、幅約20メートルの幕を張るためにポールを据え付ける工事を開始。5月中旬には幕を張り終える予定だ。
富士山の絶景をめぐっては、インバウンド回復を生かした地域活性化への期待と、観光公害の弊害懸念の明暗が入り交じる。特に展望スポットを人為的になくす措置は全国的にほぼ前例がない中、富士河口湖町の対策は注目を集める。
筆者:平尾孝(産経新聞)